【裁判例の紹介(配偶者が複数の相手と不貞を行った場合の慰謝料額)】

1 本事案の概要
 ご紹介する裁判例は、東京地方裁判所・令和2年2月10日判決です。
 この事案は、原告である妻が、夫の不貞相手女性を被告として慰謝料請求をしたものです。
 ここまでは通常の不貞慰謝料請求事件と変わりがないのですが、本事案では、夫が被告以外の女性(以下「A」といいます)とも不貞を行い、かつ、原告(妻)が既にAから150万円の解決金を受領していたという特殊性があります。

2 本事案の争点
 本事案では、原告(妻)がAから150万円の解決金を受領済みであることから、被告に対し請求可能な慰謝料は存在しないのではないかという点が争いとなりました。
 被告は、不貞相手が複数存在する場合であっても、不貞行為によって侵害される利益(婚姻生活の平和の維持)はひとつであり、Aが支払った解決金によって原告の精神的苦痛は慰謝されていると主張したのです。
 被告の主張が正当であるとすれば、本事案では、複数の相手との不貞行為によって生じる慰謝料の総額を観念し、この総額からAが支払った150万円を差し引いて残りの慰謝料額を算定することになります。
 つまり、仮に慰謝料の総額が150万円だとすれば、被告が支払うべき慰謝料は存在しない(150万円-既払金150万円=0円)ことになります。

3 裁判所の判断
 本事案で、裁判所は以下のように判断をしました。
 「配偶者が複数の者と不貞行為に及んでいた場合において、被侵害利益とされる他方の配偶者の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益は、各々の不貞相手との関係では具体的かつ各別に考慮すべきであって、被告の指摘する別件和解の和解金が現に支払われていたとしても、そのような事情は原告の被侵害利益ひいては損害の判断に影響しないというべきである。」
 要するに、裁判所は、被告の主張を認めず、被告自身が支払うべき慰謝料額を判断したのです(なお、本事案で認容された慰謝料額は80万円でした)。

4 コメント
 配偶者が複数の相手と不貞を行うことは珍しいことではなく、複数の不貞相手に対しそれぞれ慰謝料を請求することも起こり得ることです。
 このような場合、一部の不貞相手から先行的に慰謝料の支払いを受けることもあり、支払われた慰謝料が他の不貞相手との関係で影響を生じるのか、判断に悩むこともあります。
 理論上は、本事案で被告が主張した見解も成り立ち得ると思われますが、本事案では、裁判所は被告の主張を採用しませんでした。
 なお、本事案では、被告とAという2名の不貞相手が登場しましたが、仮に不貞相手が極めて多数存在する場合の解決方法については悩ましいところです。机上の空論になってしまうかもしれませんが、仮に不貞相手が30人存在した場合、30人に対しそれぞれ別途慰謝料請求ができるとなると、慰謝料の総額は多大となり、結論として妥当なのか疑問が生じます。